大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成3年(オ)589号 判決

上告人

宮原奉文

右訴訟代理人弁護士

大神周一

被上告人

四国日本信販株式会社

右代表者代表取締役

矢野忠

右訴訟代理人弁護士

髙井實

主文

原判決を破棄する。

本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大神周一の上告理由第一点について、

一本件は、上告人に被上告人への金員の支払を命ずる確定判決につき、上告人に対する訴状の送達がなかったことが民訴法四二〇条一項三号の事由に該当するとして申し立てられた再審事件である。原審が確定した事実関係の大要は、次のとおりである。

1  右確定判決は、昭和五四年ころ、上告人の妻であった訴外坂東サヨ子(以下「サヨ子」という。)が、上告人の名で被上告人の特約店から買い受けた商品の代金の立替払を被上告人に委託し、これに応じて右代金を立て替えて支払った被上告人が上告人に対して立替金及び約定手数料の残額並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めた訴え(以下「前訴」という。)に対するものである。

2  上告人の四女(昭和四七年一二月三〇日生・当時七歳九月)は、昭和五五年一〇月四日、上告人方において前訴の訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の交付を受けたが、上告人に対し、右各書類を交付しなかった。

3  上告人が前訴提起の事実を知らないまま、その第一回口頭弁論期日に欠席したところ、口頭弁論は終結され、上告人において被上告人の主張する請求原因事実を自白したものとして、被上告人の請求を認容する旨の判決が言い渡された。

4  サヨ子は、上告人方においてその同居者として、昭和五五年一一月三日に右判決の言渡期日(第二回口頭弁論期日)の呼出状の、同月一七日に判決正本の各交付を受けたが、この事実を上告人に知らせなかったため、上告人が右判決に対して控訴することなく、右判決は確定した。

5  上告人は、被上告人から、平成元年五月、本件立替金を支払うよう請求されて調査した結果、前訴の確定判決の存在を知った。

二原審は、右事実関係の下において、次の理由で本件訴えを却下した。

1  前訴の訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の交付を受けた上告人の四女は、当時七歳であり、事理を弁識するに足るべき知能を備える者とは認められないから、右各書類の交付は、送達としての効力を生じない。

2  しかし、前訴の判決正本は上告人の同居者であるサヨ子が交付を受けたのであり、本件においては、右判決正本の送達を無効とすべき特段の事情もないから、民訴法一七一条一項による補充送達として有効である。

3  そうすると、上告人は右判決正本の送達を受けた時に1記載の送達の瑕疵を知ったものとみられるから、右瑕疵の存在を理由とする不服申立ては右判決に対する控訴によってすることができたものというべきである。

4  それにもかかわらず、上告人は控訴することなく、期間を徒過したから、本件再審の訴えは、適法な再審事由の主張のない訴えであって、その欠缺は補正することができないものである。

三しかしながら、原審の右判断を是認することはできない。その理由は、次のとおりである。

1 民訴法一七一条一項に規定する「事理ヲ弁識スルニ足ルヘキ知能ヲ具フル者」とは、送達の趣旨を理解して交付を受けた書類を受送達者に交付することを期待することができる程度の能力を有する者をいうものと解されるから、原審が、前記二1のとおり、当時七歳九月の女子であった上告人の四女は右能力を備える者とは認められないとしたことは正当というべきである。

2  そして、有効に訴状の送達がされず、その故に被告とされた者が訴訟に関与する機会が与えられないまま判決がされた場合には、当事者の代理人として訴訟行為をした者に代理権の欠缺があった場合と別異に扱う理由はないから、民訴法四二〇条一項三号の事由があるものと解するのが相当である。

3  また、民訴法四二〇条一項ただし書は、再審事由を知って上訴をしなかった場合には再審の訴えを提起することが許されない旨規定するが、再審事由を現実に了知することができなかった場合は同項ただし書に当たらないものと解すべきである。けだし、同項ただし書の趣旨は、再審の訴えが上訴をすることができなくなった後の非常の不服申立方法であることから、上訴が可能であったにもかかわらずそれをしなかった者について再審の訴えによる不服申立てを否定するものであるからである。これを本件についてみるのに、前訴の判決は、その正本が有効に送達されて確定したものであるが、上告人は、前訴の訴状が有効に送達されず、その故に前訴に関与する機会を与えられなかったとの前記再審事由を現実に了知することができなかったのであるから、右判決に対して控訴しなかったことをもって、同項ただし書に規定する場合に当たるとすることはできないものというべきである。

4  そうすると、上告人に対して前訴の判決正本が有効に送達されたことのみを理由に、上告人が控訴による不服申立てを怠ったものとして、本件再審請求を排斥した原審の判断には、民訴法四二〇条一項ただし書の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響することは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件においては、なお前訴の請求の当否について審理する必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。

四よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平 裁判官味村治 裁判官小野幹雄 裁判官三好達)

上告代理人大神周一の上告理由

第一点 原審は、「原訴訟の訴状副本及び第一回口頭弁論期日の呼出状は、同居中の被控訴人の四女由希が受領したものであるが、同人は、昭和四七年一二月三〇日生れで当時七才であったから、事理を弁識するに足るべき知能を具える者とは認め難いので、右書類の送達はその効力を生じえない」との判断を示した。

しかし、他方では「判決正本は、同居の妻サヨ子が受領したのであるから、これを無効と扱うべき特段の事情のない本件では、右送達は、民訴法一七一条一項により被控訴人に対する送達として有効となるものというべきである」とし、判決正本の送達を以て、上告人は、訴状等不送達の瑕疵を知ったものであり、これを控訴することによって主張しなかったことが再審障碍事由になると判断している。

然しながら、再審障碍事由である民訴法四二〇条一項本文但書の「知リテ主張セサリシトキ」という文言を、同法一七一条一項の規定する補充送達によって送達の効力が認められる場合までも含むものと解することは、明らかに法令の解釈を誤ったものである。

再審障碍事由に関しては、本人(上告人)が、訴状不送達等の瑕疵を現実に知らなければ、上訴して主張することは不可能なのであり、原審のように擬制として知ったこととされる場合まで含むと解してはならない。

仮にこれが許されるならば、本人が全く知らないうちに判決が確定し、もはや再審によってもこれを争う途さえ閉ざされてしまうことになるからである。

民訴法四二五条は、代理権の欠缺につき、再審期間を五年とすることに例外を設けている。この法意は、代理権の欠缺については、本人が全く不知の間に訴訟が追行されているのであり、本人に判決の効力を及ぼしてはならないから、期間の制限を設けずに再審で救済しようとするものである。この理は、民訴法四二〇条一項本文但書の解釈についても一貫されなければならない筈である。

また、このことは学説上も当然のことと解されており、代理権の欠缺(民訴法四二〇条一項三号)については、「本人に送達されたときに限り」、上訴で主張する機会があったものと認めるべきである(兼子・大系四八三頁)旨述べられている。

原審の民訴法四二〇条一項本文但書についての解釈は、裁判を受ける権利を保障した憲法三二条に違背するものであり、また判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背が存するのである。

第二点 原訴訟のように、被告を主債務者、妻を連帯保証人とする訴訟においては、妻である被告に対する判決正本の送達を以て夫である被告に対する送達としての効力を認めることは出来ない。

原判決は「判決正本は、妻サヨ子が受領したのであるから、これを無効と扱うべき特段の事情のない本件では、民訴法一七一条一項により被控訴人に対する送達として有効となるものというべきである」と判示している。

しかし、原訴訟では、まさに「無効と扱うべき特段の事情」が存したのである。

即ち、昭和五四年当時、上告人と妻サヨ子は七人の子供の養育上やむなく婚姻中であり同居していたものの、妻サヨ子の浪費癖等の為に離婚・再婚を繰返し、同五三年には、同女は詐欺行為で警察に摘発されている等対立関係にあったのであり、原訴訟の内容も、サヨ子が上告人の名義を冒用して立替払契約を為したというものである(これらの事実については、原訴訟に於いて明確に証明されている)。

原審は、民訴法一七一条一項の補充送達の要件について「同居者」を画一的に解釈して妻サヨ子をこれに該るとしたものである。

しかし、最高裁昭和六〇年九月一七日第三小法廷判決は、「民訴法一六九条二項の送達を受けるべき者の就業する場所とは、受送達者が現実に業務についている場所をいい、いわゆる名目上の取締役に対し会社でした補充送達は効力を生じない」と判示している。

このように、補充送達については、画一的に取扱わなければ法的安定性を害するとの要請があるものの、裁判を受ける権利が奪われてはならないとの要請から、特段の事情が存する場合には、外形上明らかでないが、名目上の取締役にすぎないといった事情をも考慮して送達の効力を決するというのが最高裁判例である。

しかるに、原判決は、原訴訟の内容が、上告人が主債務者たる被告であり、妻が連帯保証人たる相被告という外形的にも明確な事情に加え前記実質的に重大な対立関係にあったという特段の事情について何ら顧ていないのである。

このように民訴法一七一条一項について画一的解釈を行った原判決には、判決に影響を及ぼす明らかな法令解釈の違背がある。

第三点 原審では、訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の送達の効力について双方から主張立証が行われて来た。

にもかかわらず、原判決(控訴審)は、判決正本の送達という一点を持ち出すことにより、訴状送達の瑕疵は上訴により主張したものとみなし、これを再審障碍事由とした。

しかし、このような争点は、被上告人から一審、二審を通じ全く主張されていなかったのである。

被上告人は、判決正本の送達について言及しているが、それは、あくまでも、民訴法四二四条の再審期間五年の始期としての主張であって、民訴法四二〇条一項本文但書の再審障碍事由としての主張ではない。

また、判決正本の送達は職権に関する事項ではあるが、再審訴訟においては、主張・立証責任が配分される事項であり、弁論主義の範囲内での問題である。

原審は、被上告人が何ら主張していない事実を突然持ち込み、まさに決定的に判決を左右する唯一の判断事項としたのであって、右は弁論主義(民訴法一二五条一項、一三七条、一四〇条、一九一条二項、二五七条等)に反する法令違背である。

第四点 原訴訟は、甲第三号証乃至五号証の契約書に見られるように主債務者と連帯保証人の筆跡が全く同じであり、「阪東」の署名と「坂東」の押印の文字が異ることから、被上告人も上告人が真実の債務者でないことは十分に知っていたと思われる事案である。

また、甲一一号証の郵便送達報告書からは、受領者の署名が「坂」となっており、訴状被告の「阪」の氏名とは異なるところから、当然に送達の瑕疵を発見しなければならなかった事案である。

被上告人は、確定判決の存在のみに拘泥するものであり、原審はこれに助力し、原訴訟手続の瑕疵を糊塗するものであって公平な裁判所とは言えない。

原判決には憲法三二条の違背が存するので最高裁判所は、上告人を速に救済されたい。

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